ケン坊の播但線通信2018

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2011年 06月 18日

「怪談?民話??播但線」の巻

子供のころ、毎年お盆には必ず泊まりに行った、長谷は為信の家。
親父の生まれた家ですが、長谷弁の伯父が継いでいます。
ここには男・女・女の従兄妹がいて、兄弟のない私を可愛がってくれました。
従兄妹の方が一回りから6つも年上、一番下などは年が近いので弟のように思ってくれていました。
そんな為信の家では、夜になると電気を消して“怪談”が始まるのです。
当時はよく心霊番組が放送されていましたが、お昼にそんな番組を見、夜には怪談・・・。
一番上の従兄が語って聞かせるのですが、怖がる私を面白がって真ん中の従姉が白眼を向いて「んがぁ~!!」って寄って来るのです。
しかも、一度やると5分くらいそのまま(笑)。
今思うと私は幼かったし、従兄妹も若かったんだな~と懐かしく感じます。
そんなとき、伯父だった祖父だったか、播但線の怪談・・・というより民話でしょうか?聞かせてくれたことがあります。

・・・明治か大正のころでしょう、栄えていた生野の町で遅くまで飲んでいた男性。
いつしかお店で寝入ってしまいます。
日付が変わる頃、店主に起こされたこの男性は真っ暗な道を千鳥足で北へ。
今でいう生野北峠を超えて岩津方面へ向かっていました。
すると、聞き覚えのある音が聞こえてきます。
「バッバッボッボ、バッバボッボ・・・」、蒸気機関車の排気音、ドラフト音です。
最終列車はとうに終わっているのに・・・です。
新井駅方面から聞こえてくるドラフト音、生野へ続く勾配を登ってくるわけですから間隔が広いはずなのに、まるで平地を走っているかの音だったそうです。
夜間の蒸気機関車は前照灯を点けていますが、それが全く見えません。
運転台の照明も全く見えず、ただただ間隔の短いドラフト音だけが自分の横を駆け抜けて、生野へと登って行ったのだそうです。
翌朝早く、野良仕事に出ていた近くの人が、何やら騒いでいました。
目覚めた男性が何事かと表へ出、何があったのかを尋ねます。
近くの線路上でたくさんのタヌキが死んでいると言うのだそうです。
ビックリして見に行くと、確かにかなりの数のタヌキの死骸があったのだそうです。
列車に轢かれたものではなく、外傷などは全くなかったといいます。
まだ夜明けごろのことで一番列車の通過前・・・、ということは終列車が通ったあとにタヌキたちが線路にやって来て死んだということになります。
男性はその日のうちに生野駅へ出向き、終列車のあとに機関車が走ったかと尋ねましたが、臨時の設定はなかったとのこと・・・。
これはきっと、たまたま死期を悟ったタヌキたちが線路に集まり、“最後”の悪戯として機関車に化け、この男性をおどかしたのではないか・・・、男性はタヌキに化かされたんだ・・・。

こんな話でした。
はたして、大量のタヌキが同時に死期を悟り、線路上で最後の集会を開き(笑)、たった一人の酒に酔った男性を化かすものなのか・・・、そんなことを考えてしまいますが、こういう話は歴史ある鉄道・路線には付きもののようですね。
幽霊列車のお話も。

ふっと、こんなお話を思い出したものですから、記してみました。

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「四季を駆ける播但線 -第5回藤原賢吾『播但線』写真展-」

開催場所:神河町観光協会「カーミンの観光案内所」多目的ホール (JR播但線寺前駅横)
開催日時:7月17日(日)~8月7日(日) (但し水曜日は休館)
開催時間:午前9時~午後5時 (但し最終日は午後2時まで)
入場・観覧 無料

お誘い合わせの上、お越し下さいませ。


by 95219522 | 2011-06-18 21:50 | 播但線 | Trackback | Comments(0)
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